純愛って、どんな愛のこと?
片思いをつづけること?
つくす愛のことかな?
そうとも言えないのかもしれない。
片思いも、つくすのも、
わたしが楽しめればいいけれど。
そうでないなら、
続ければ続けるほど、
つかれてしまう。
つかれると、
ネガティブな気持ちになってしまい、
ときには
相手を責めたくなってしまう。
「どうして私だけ
こんなにガマンしているの?」
って。
だけど、相手を責めたりしたら、
もう、それは、純愛なんかじゃない。
たとえ、どんなに彼を好きだとしても。
・ ・ ・ ・ ・ ・
ドラマや映画の世界では、定期的に純愛ブームが来ますよね? かつてなら「冬のソナタ」や「世界の中心で愛を叫ぶ」、最近ですと、フジテレビのドラマ「Silent」以降のドラマあたりがそうですね。
では、あなたにとって、純愛とは、どんな愛ですか?
片思いの相手を、ずっと愛し続ける愛でしょうか。自分がぼろぼろになるまで、つくして、つくし続ける愛でしょうか。
私は、これらの愛=純愛とは、あまり思っておりません。なぜかというと、これらの愛のカタチは、自己満足で終わる場合が多く、相手も自分も幸せにならないケースが多いからです。
もちろん、何年間も片思いをし続けて、ひとつの恋を実らせる人もいるでしょう。つくすことに、心からの喜びを感じる人もいるでしょう。
しかし、
・告白してふられても、ずっと片思いをし続けて、結局恋人ができないまま
・つくすことに疲れてしまい、相手のことを責めるようになってしまった
・つくしたら相手から鬱陶しく思われた
という失敗ケースのほうが圧倒的に多いのです。
本人は純愛のつもり。だけど相手は、そうではない……。これって、うまくバランスのとれていない状態ですよね? そして、片思いにしろ、つくす愛にしろ、「待つ」という行為が続いてしまいます。たとえば、こんなふうに、です。
「私は、これだけあの人を好きなんですもの…。いつかきっとわかってくれるはず。それをじっと待ってみよう」
「彼のことが大好きだから、貢げるだけ貢ごう。きっと彼はいつか、私のことを一番大切にしてくれるようになるはず。それまでじっと待ってみよう」
しかし、「待つ」ことを楽しめる人はいいのですが、多くの人の場合は、待つことをストレスに感じてしまうようなのです。たとえば、こんなふうに、です。
「私は、これだけあの人を好きなんですもの……。いつかきっとわかってくれるはず。それをじっと待ってみよう」
「彼のことが大好きだから、貢げるだけ貢ごう。きっと彼はいつか、私のことを一番大切にしてくれるようになるはず。それまでじっと待ってみよう」
こうして待っているときというのは、「ガマン」している状態です。人間の心は結構弱いもので、ガマンをし続けていると、ネガティブな感情が湧きやすくなっていきます。
たとえば、「こんなにガマンしているのに、彼はわかってくれない」という感情です。そして、この感情がヒートアップしたときに、彼のことを責める気持ちが生まれてきやすくなってしまうのです。
そうなると、待つことは、辛いだけの行為になってしまいます。そして、あなたが、辛さのあまり、ネガティブな感情を相手にぶつけてしまったとき(怒ったり、泣いたりなど)彼は、あなたから去っていきたくなってしまいます。
こうして……。
本人は純愛のつもりで行動をしていても、そのことが相手の人の迷惑になってしまうことが多々あるのです。ですから、純愛とガマンをはきちがえてはいけないのです。
本当の純愛とは、私は、ただただ愛することではないかと思うのです。そして、相手の人の自由を願う愛のこと、束縛という行為からは無縁の愛のこと、相手の人を責める気持ちが欠片もない愛のことではないと。
たとえ、あなたが、どんなに彼のことを好きだとしても、彼を責める気持ちになりそうになったら……。その愛は、純愛とは呼べないのではないでしょうか?
待つのが辛くなったとき。お互いを苦しめる前に、次の純愛に進むほうがいいのかもしれません。
あなたは今、悩んではいませんか? もしもそうなら、よければ私に相談してみてください。一緒に解消していきましょう。
まずは、公式LINEからご連絡くださいね。
みなさまの、しあわせのお手伝いができたらうれしいです。それでは、また。アンジーでした…!
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