Honey、Sweet、Pampkin。
これはアメリカの男性特有の、愛する女性の呼び方。
「おはようハニー。」「どうしたの?スウィーティー。」
なんて映画でもたまに見かける呼びかけだ。
稀にシュガーなんて呼ぶときも。
どれも恋人を「甘いもの」に例えてあるのがとてもロマンチックで、ベタベタの日本人だったあたしは、そう呼び合うアメリカンな恋愛にメロメロにハマッてしまっていた。
アメリカに私が住んでいたのは、16歳から19歳までの約3年。
この連載で、その間に恋をした男の子のことを思い出してみる。
恋の初めの一歩、それはまだ高校生の頃だった。 カリフォルニア州の田舎にある、小さな私立高校。
意気揚揚と留学を始めた私だけれど、英語がまったくしゃべれなかった。
日本での英語の成績はそこそこ良かったのに、ホンモノのアメリカ人の英語にはとうていついていけなかったのだ。
しゃべれない、聞けない、だから愛想笑い。
そんな私がメキメキと英語に慣れていったは、英語をしゃべるボーイフレンドたちのおかげだったと身に染みて思う。
好きな男の子としゃべりたい。その気持ちが英語を上達させたのだ。
アメリカに住んでいる日本人は口をそろえて言う。
「英語がうまくなりたいなら現地の恋人をつくるのがいちばん。」
そして私はこうも思う。
「恋をするなら英語がいちばん。」
好きな男の子から「ハニー」なんて甘い言葉で呼びかけられる幸せは日本語じゃなかなか味わえないものだから。
アメリカの高校へ入って、すぐに仲良くなった男の子がいた。
金髪、青い目、ガッチリ体型。
その外見は憧れのドラマ「ビバリーヒルズ高校白書」さながらの男の子だった。
女の子も含めた数人のグループで遊ぶうち、いつのまにかクリスは私の隣を指定席とするようになり、クリスの車の助手席が私の指定席になっていた。
毎日の学校の行き帰り、みんなで遊ぶときの移動はもちろんクリスの車で。
そしてお互いの部屋でのデートが重なり、学校主催のパーティーには当然のようにパートナーとして出席していた。
日本での経験のように「つきあってください」と告白があったわけではないけれどいつのまにかクリスは私のことを人に「マイガール」「マイガールフレンド」と紹介し、それを私は居心地良く感じていた。
見ず知らずのアメリカの土地で過ごすには、エスコートしてくれる男の子がいることがとても便利だったのだ。
まずその土地と人に馴染む、という意味において。
ある夜、私はクリスを誘って他校のシアターを見に行った。
シアターの後はいつものように、近くのバーガーキングで友達たちと落ち合い、門限までのおしゃべりの予定。
シアターが終わり観客もバラバラと帰り始める中、クリスも私のために車のドアを開けて待っていてくれた。
けれど私はそれを知りながらも、久しぶりに会った他校の男の子の友達との会話に夢中になり、再三のクリスの呼びかけを曖昧な返事で受け流す。
ようやく車に乗り込むと、クリスは無言で車を急発進させた。
たかが友達としゃべってたくらいで何?と、腹が立つ。
その頃小さなケンカが増え始め、ナーバスになっていた時期だった。
言い合いになり、大喧嘩になり、しまいには自分でも日本語だか英語だか区別のつかない言葉でわめいていた。
クリスは言った。
「他の男はおまえが日本人だから興味を持ってるだけだ。日本人がどんな
セックスをするか試してみたいだけなんだ。ビッチみたいな愛想をふりまくな!」
早口で、とてつもなく侮蔑のこもった汚い言葉でそう言い放った。
一瞬のひどいショックのあと、今ぶつけられた言葉を一つづつ頭の中で反芻すると、言いようのない怒りに全身をつかまれた思いがした。
私は車を止めさせ、ドアを開けて歩き出す。
追いかけてきてくれるはずだった。
どんな田舎でもここはアメリカ。女の子を夜一人で歩かせることはタブーだ。
とにかく謝ってもらえば気が済む。
追いかけて、謝らせて車に乗り込むつもりだった。
が、背中で響く、ドアが閉まる音。そしてヒステリックなエンジン音。
クリスは車をUターンさせ、あっという間にいなくなってしまった。
タクシーも通らない、真っ暗な道を、泣きながら帰った。
その後クリスとは表面的になんとか笑顔を交わせるくらいの仲直りしかできないまま長い時間が過ぎていた。
友達は口々に聞いてきた。
「Are you guys broke up?」
別れちゃったの?
そっか。私とクリスはboyfriend・girlfriendという「恋人」としてつきあっていてそしてbroke up、別れてしまったのか。
初めてのアメリカ人との恋は、始まりも終わりも、曖昧だった。
半年後、私は田舎からサンフランシスコへ引越すことになった。
出発の前日、半年ぶりにクリスの車が部屋の前へ止まった。
2人して大号泣しながら、ようやくの仲直り。
そのときのクリスの言葉が忘れられない。
「You still have special place in my heart.」
今でもおまえは特別。
もうマイガールとは呼ばなかったけれど。
子どもすぎて上手に感情とつきあえなかったあの頃。
傍から見たら単純なことも、難しくてできないと思い込んでしまう時期だった。
クリスに教えてもらった英単語は、塾で習うよりもはるかに多かった。
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