一年半のあいだにすっかり住み慣れたサンディエゴを離れ、サンフランシスコへと移動した私。
空港に着いた当日はとりあえず予約しておいたホテルへと荷物を置く。
数ヶ月前に下見に来たときに歩いたダウンタウンの真ん中にある小さなホテル。
すでに夕方のネオンがチカチカと夜の喧騒を照らし、それはまだ一人の知り合いもいない私には妙に寂しく映った。 ホテルを出てすぐのバーガーショップに夕飯を買いに行く。
ハンバーガーとオニオンリングを持ち帰り用にペ−パーバッグに入れてもらい、ついでに隣のグロッサリーストアで甘いデザートワインとマスカットを買ってホテルに戻る。
テレビをつけ、ベッドに寝転がり、ワインを開けて一人での夕飯。
知り合いの一人もいない、今「これからひま?」と電話する相手のいない街で、たった一人での夕飯に、久しぶりにものすごい孤独を感じた。
ホームシックにかかりながらシャワーを浴び、私は電話帳を開いて受話器を取った。電話した先はユースホステル。次の晩から宿泊の予約をした。
これ以上一人でいたらおかしくなってしまう。とりあえず人のいるところに行かなきゃ。
ホステルというのは、貧乏旅行なんかをする若者が多く泊まる激安ホテルだ。
ホテル言っても、一部屋に2段ベッドが2つ入っていて、男女部屋はわかれてるもののプライベートなどはない。
リビング、キッチン、バスは共同。
ある種のタイプの人は生理的に受け付けない場所かもしれないが、そこには世界中からいろんな人が泊まりにきていて、一人になることがない代わりに、大量の友達が瞬時にできる場所でもある。
イタリア人のニコと知り合ったのは、ダウンタウンの少しはずれにある、ユースホステルだった。
部屋の窓を開けると、向かいの出窓にいつもニコの姿があった。
禁煙の部屋で、窓から遠くを見ながらニコは煙草を吸っていた。
私の喫煙所も決まった。
そこにニコの姿が見える、部屋の出窓での煙草が習慣になったのだ。
短く刈った濃いブルネットの髪、笑うと目が細くなってなくなってしまうニコ。
彼と私はあっというまに恋に落ち、一日のうちほとんどの時間を2人で過ごした。
昼間学校へ行く私と、昼間観光へ出かけて行くニコ。
私が学校から戻るといつも私は部屋の窓を開け、大きな声でニコを呼ぶ。
それから2人でブラブラとデートをするのが日課だった。
毎晩一緒に夕飯を食べ、サンフランシスコのあらゆる夜景ポイントへドライブし、毎日夜中まで飲み歩いた。
私はニコといる時間の一分一秒の時間を惜しむように、貪るようにニコとの時間を過ごし、その時間に恋をしていた。
期間限定の恋だとわかっていたからだ。
ニコはイタリアからの旅行者で、サンフランシスコにいるのは一週間、と決まっていた。
ニコが発つ前の日は学校が休みだった。
その日私と彼はコインランドリーへ大量の洗濯物を持っていき洗濯機がまわっている横でずっと手をつないでしゃべり続けた。
何もしなかった最後の一日は長かった。
その夜、明け方まで寝付けなかった私に、窓の向こうからニコが言った言葉。
「We're like Romeo and Juliet.」
ロミオとジュリエットみたいだね。
連絡先も交換せずに別れたニコ。
短い恋はいつまでもキレイなカタチのまま胸に残る。
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