今回はちょっといいおはなし。
先日、仕事の関係で87歳の女性とお会いすることになった。
彼女は日本のオートクチュールデザイナーの草分けで、以前は日本国内はもちろんサンフランシスコなどの海外でもファッションショーを開催していたほどの敏腕デザイナー。現在でも年二回のパリコレに毎年単身で顔を出すほどの元気の良さだ、という前評判を聞いてから銀座のとある場所で夕方5時に待ち合わせをした。
会った瞬間、とにかくその格好に驚かされた。ビビッドなピンクのセーターに黒の革のストレートパンツ、淡いピンク色のオーガンジーのスカーフを纏い、ライトストーンをあしらった老眼鏡、大きなシルバーの腕時計。片田舎で生まれた私の年配女性のイメージは「もんぺ」であったのに対して彼女はこのファッションである。
彼女はミルクティーを、私はコーヒーを頼んでからお話を伺った。まぁ、とにかく波瀾万丈な人生を歩んでこられた方なので話が面白い。しかも87歳というお年にもかかわらず、サンドイッチ、カルパッチョなどオーダーしたものをすいすいたいらげていく。話しているうちにすっかり意気投合してしまい、「あなたにお教えしたいお店があるのよ」という言葉に誘われて、次のお店へついていくことになった。
お店をでて夜の銀座の街にくりだすと、彼女は「ちょっとつかまらせてね、つかまってないと歩けなくてね」といいながら私の腕にそっと腕をからませてきた。その日最初に会って一軒目のお店の中を歩いているときには一人でシャキッと歩いていたのにな…と心の中で少し笑いながらエスコートするようなかたちで腕を組んで歩いた。道行く人にとっては、このカップルの組み合わせがおもしろいらしく、熱い(?)視線を感じながら次の店に向かった。
二軒目は「文豪バー」とでもいうのだろうか。昔の著名人たちが夜な夜な集ったお店で、いろいろな人の落書きが壁を埋め尽くしていた。バーボンのロックを飲んで私は少しほろ酔い加減になっていた。店の奥に置いてあるボロボロのピアノは昔、山田耕筰や服部良一が弾いていたという話を聞いて、久しぶりに弾いてみたくなり、拙い演奏をするとそのことがいっそう彼女を喜ばせた。その後はより親密になり、彼女は時々私の手を握りながら昔の恋愛の話などをした。
嫌味のない素敵な雰囲気をこんなにも素直に醸し出せることに驚かされた。歳をとったからこそなせる技なのかな、と考えるとあながち年齢を重ねることも悪くはないものだと思ったりもした。
その後、その店を出てさらにシャンソンパブに行き、60年という歳の開きのある二人が肩を寄せ合ってシャンソンを聴いた。結局銀座の街を出たのは終電車だった。
その後も、折に触れ電話をいただくことがあり、二人の関係は今なお続いている。
いくつになっても素敵な恋をしてくださいね、みなさんも
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