今回はタイの「サムイ島」というリゾート地でのおはなし。
それは私が二ヶ月ほど一人で旅行していたときのこと。リゾート地に男一人でいても、昼はさておき、夜になると満天の星空を見上げながらビールを飲むこと以外にさしてすることもなく、一週間もたつとその夜空の感動も薄まってきていた。それに加えて、隣のバンガローに泊まっている西洋人カップルが夜ごとあげる「オー、ヴォーッ」というなまめかしいゾウの雄叫びのようなものを聞かされることにも辟易としていた。
そんな私をたまたま知り合った旅行者が夜遊びに誘ってくれた。行き先は「クラブ」。銀座にあるような「クラブ」ではなく、渋谷にあるような踊る「クラブ」のほうである。といってもさびれた温泉街のホテルの最上階にありそうないけてない「ディスコ」みたいなものを想像してくれた方がいいかもしれない。
クラブの中にはいると、けばけばしい時代遅れのクリスマス用のようなネオンが目を引いた。天井には扇風機の羽根を取り外してサッカーボールにアルミホイルを巻いたようなものをつけたミラーボールが「ウーキュルル、ウーキュルル」とジャングルの奥地にいる鳥のように鳴きながら回転していた。
年代物のスピーカーから流れてくるノイズだらけのディスコミュージックはヘヴィメタルのヴォーカルが苦悶に満ちた表情で悲しげに、それでいてなぜかポップに歌っているような騒音だった。
「こんなことだったら一人でビールでも飲んでいればよかった」とついてきたことを後悔したが、なんとなくその場で帰ると言い出すこともできずに30人ほどがだらだらと体をゆすっているフロアーを壁によりかかって眺めていた。
踊っている人のほとんどが西洋人でそのなかにタイ人らしい女性が何人かまじっていた。暗闇と妖しげなネオンとアルミホイルミラーボールからの頼りなげな光線に目が慣れてくると、その現地の女性たちの中にとびきり綺麗な女性がいることに気がついた。
胸元が大きくあいた深紅のボディコンのワンピースを身にまとい、長い黒髪が印象的な二十歳前後と思われる美女。私が彼女のことを目で追いかけていると、その子のほうも私の存在に気がついて、チラチラとこちらに視線を返してくるようになった。
「これはいける」と単純で分かりやすい私はおもむろにフロアーに出て踊り始めた。音楽に合わせて体を揺すりながら「だるまさんがころんだ」をするという高等テクニックを駆使して、徐々に彼女との距離をせばめていき、とうとう彼女の前に到達した。彼女の前に立ち、目を見つめながら踊る。なんとなくお互いに体を寄り添わせるようになり、英語で少しずつ会話をするようになると急速に二人の距離は縮まった。途からはだんだん彼女のほうが積極的になってきてなまめかしく「アイ・ラブ・ユア・フェイス」といいながら私の頬にそっと手をあててきた。
すっかり舞い上がった私に対して彼女は「海岸にいかない?」と誘いをかけてきた。断る理由は全くなかった。さっそく二人でクラブを抜け出し、ひとけのない星降る夜空と波の音だけの砂浜に腰を下ろした。
こうなるとごく当然のように甘く囁きあい、長く情熱的なキスが交わされた。私の手は彼女の髪をなで、首をなぞり、体のラインを下に下におりていった。大きくはないがふっくらとしてやわらかな胸の感触を手のひらで楽しみ、背中、腰、と手はさらに下へ下へと進んでいった。ボディコンのミニスカートの裾をめくりあげ、一瞬クッと腰を引いた彼女を押さえて下着の中に手を入れた。
「ぎう゛う゛う゛う゛う゛う゛ぎゅあ〜っっ!!」
「うきゃあ〜っっ!!」
文字にするとこんな感じであろうか。言葉とも悲鳴ともつかない二つの叫び声が南国の夜の闇に吸い込まれた。前者は腰を抜かしそうになりながら叫んだ私の声。後者は腰を引きながら叫んだ彼女の声だった。
あったのである。彼女にあってはならないモノが。しっかりと彼女にくっついていたのだ。驚いた拍子に力一杯ぎゅっと握りながら私は叫び、一方彼女はものすごい力で私に握られたからあまりの痛さに叫び、叫びながら腰を引いた。
私はとにかく一目散でその場から逃げ出した。
そのまま宿まで転げ込むように逃げ帰った私は翌日の朝チェックアウトし、次の目的地に向かった。彼女(彼?)と顔をあわせるのが怖かったからである。
いまでも時々ふとした拍子にこの時のことを思い出してしまうことがある。その時に違う世界の喜びを教えてもらっていたら人生二倍楽しくなったかもしれないな…というのは今だからいえる冗談。
「綺麗な薔薇には刺がある」まさにそんなおはなし。
|