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   曖昧の美学  - Essay - vol.2  …by水源純
   
   ■ 「代名詞」のない、男女の関係
 
恋愛は楽しいし、きれいだと思う。なのに必ず「厄介なこと」がつきまとう。
それなしでは存在し得ないほどに。
私は、厄介なことは一切嫌いだ。なるべくなら避けたい。
だからといって、しないわけにはいかないのも事実。だって墜ちてしまうんだもの。

ある春の日、私は墜ちた。
彼にも私にも恋人がいたし、お互いがお互いの相手に満足していた。
それなのに、私たちに引き合う力が生じたのは特に理由などない。
単なる一つの恋である。

私たちは似ていた。
恋愛を極力楽しむためにする努力なら、怠らないところが。
そのために、厄介なことを提示しないというのが、暗黙の了解だった気がする。
たとえば、未来。たとえば、相手の恋人について立ち入ってもの言うこと。

私たちは、お互いがお互いに代名詞を付けなかった。
恋人でもなんでもなかった。好きだっただけで。
代名詞、つまり役割を必要としないこんな関係を、私は「曖昧な関係」と言う。
ただ好きだからという理由だけで、ただ会い、ただセックスする。
そこには、厄介なこと一切が存在しない。
あえて言えば、存在させぬようにお互いが努めて、ようやく成り立つ関係である。

恋愛は普通、会っているときも会わないときも継続している、線状だと思う。
だから、楽しいだけじゃ済まなくなるのだろう。
けれど曖昧な関係は、線にならない。点々だ。
会うときだけ相手のことを思う。好きだと実感する。それに浸っている。
あまりに刹那的で、花火みたいだけれど。

そういえば、彼と会ったあとの帰り道は、花火大会の帰り道と似ている。
心地よい哀切感に浸りながら、日常の雑多へ帰って行く感じが。

 
【プロフィール】
水源純(みなもとじゅん)。1975年千葉県松戸市生まれ。
共立女子短期大学を卒業後の20歳の頃、五行歌を書き始める。
1999年処女歌集「この鳩尾へ」刊行。2002年第二歌集出版刊行予定。
※五行歌とは、古代歌謡をベースにした新詩型。俳句や短歌と違い、季語なし、文字数自由、五行歌で書けばいいという詩型です。
   
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