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   ぼくが結婚できないわけ - Essay - vol.5  …by皐月けんた
   
   ■ 失恋の甘い罠
 
ぼくの名前は皐月けんた。28歳、独身である。
失恋っていうのはとてもつらく、せつなく、もう二度と立ちあがれないんじゃないかと思うほどのダメージを受けるものだと思うのだけれど、今回はそのダメージから変な方向に目覚めてしまったぼくのはなし。

ぼくは二十歳の時、一年ほどつきあっていた女性にふられた。
ぼくにとってその出来事は大失恋とよぶに値するものだった。
彼女にふられたぼくは一週間ちかく放心状態でなにもできず、食事ものどを通らなかった。もともと痩せていたにもかかわらず、そこから体重を5キロほど減らし、頬がこけ、げっそりとした顔をしていたらしい。
さらに普段はお気楽なぼくがうつろな瞳で空などをながめ、ため息などをついているものだから、相当のショックだったんだろうと、まわりの友人たちは非常に心配してくれた。

心優しい女友達は、ぼくの悩みを聞いてくれて、いろいろと相談にのってくれた。
やけ酒につきあい、そのまま勢いでベッドにまでつきあってくれる女性もいた。
そこで、単純なぼくはふと目覚めてしまったのだ。
「おや?失恋するともてるぞ」と。

日頃、虚勢をはって強がって生きているようにみせている(と思っている)ぼくが、弱音を吐き、にっちもさっちもいかなくなっている姿は女性の母性本能をくするぐるのか、何人かの女性がマリア様のように手をさしのべてくれたのだ。
こんなにもてるなら失恋もそんなに悪くない、とひらめいたぼくはそれから、女性とつきあうたびにどこかで悲劇的な別れを待ち望むようになった。

しかし、それが間違いのはじまりだった。それ以来、失恋してもそれほど悲しくなくなってしまったのだ。失恋というつらい出来事のはずなのに、その先にぼくに同情してくれる女性たちがわんさか待っているという妄想がふくらみ、ウキウキしてしまうようになってしまったのだ。
だが、もちろん現実はそれほど甘くなかった。悲しくもない失恋に同情してくれる人がいるわけもなく、痩せることも、物憂げになることもないぼくに手を差しのべてくれる奇特なマリア様などいるわけがなかった。
その後、いくら失恋を重ねても、もてることはなかった。あたりまえだが。

そこで、ぼくは起死回生の策を考えた。それは、離婚である。さすがに離婚をすればぼくに同情を寄せてくれる女性もたくさん現れるにちがいないと。
ぼくの友人で18歳で結婚して、19歳で一児の父親となり、22歳で離婚した男がいる。彼が離婚したとき、友人たちは彼のもとに集まって、励まし、元気づけた。
傷ついた彼はどこか哀愁を漂わせていて、かっこよかった。
そして、案の定2年後に彼を励ましに集まった友人のうちの一人の女性と彼は再婚した。
求めていたものはこれだった。やっぱり離婚をすればもてるのだ。
恋愛の失恋とは比較にならないほどの悲しみをともなうはずの離婚。そのダメージから立ち直ろうとする男の健気さ。それを見て同情する世の女性たち。
あぁ、これだ。これでぼくももてるぞ!

しかし、その前に結婚をしないと離婚さえできやしないことをぼくはすっかりわすれていた。
あれ?ぼくはなんで結婚ができないんだろう?

人に愛されたくてしょうがなくて、誰かれかまわず人を愛して、その挙げ句の果てに愛されたくないなんて騒ぎまわっている。浮気症なうえに、けっこう同性もいけるんじゃないかと思っている精神的にマゾヒスティックで、失恋してもめげないぼく。
よくよく考えてみたらこんなぼくと結婚できる女性なんているのだろうか。

あぁ、やっぱりどう考えても、こんなぼくはまだまだ結婚ができそうもない。

(完)



 
【プロフィール】
皐月けんた(さつきけんた)。28歳。「打ち合わせで酒が飲める」という理由だけで出版業界に首を突っ込んだ、アル中エディター。今後は表現者のプロデュース活動も行っていく予定。
   
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