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   Honey・Sweet・Pampkin - essey - vol.3  …by安藤ゆり
   
   ■ EXガールフレンド
 
EXガールフレンド、EXボーイフレンド。
日本語で言うと元カノ、元カノといったところ。

この言葉を呟くと、取れない錆のように胸に残る、忘れることのできない人との恋を思い出す。
好きになった人はたくさんいた。好きという言葉にはとてもたくさんの意味があるから。でも、好きという気持ちに痛みを伴う恋はそう多くはない。
そしてそういう恋は、関係が終わっても胸に焼き付いてしまうものだ。
ドラマのような始まり方をした恋なら尚更。

サンフランシスコの地下鉄は、駅を3つ通り過ぎると地上に出て、バスになる。
ミュニと呼ばれるその乗り物で私は学校へ通っていた。
その朝、私が彼と出会ったのは、寝坊のせいでいつもよりも遅い時間だったから。揺れるミュニの中で視線を感じて目を上げると、とてもキレイなグレーの目をした坊主頭の男の子がいた。
一目で彼に興味を持ってしまった。
しばらくジロジロと観察し合うと、彼は私の側へやってきて、こう言った。
「もし迷惑じゃなかったら、電話番号渡してもいいかな。」
もちろん私は笑顔で頷き、彼から電話番号の紙を受け取り、ミュニを降りた。

けれど、ショックなことにすぐにその紙切れをどこかへやってしまったのだ。
電話番号をもらってもほとんどこっちからかけることなどない、いつもの癖だった。
もう一度遅い時間のミュニに乗れば会えるのだろうか。
そんなことを学校で友達に話してみたら笑われた。小学生みたい、と。
その日の夕方。
いつもなら絶対に行かないピザ屋さんでまた彼に会った。
これはドラマ?なんていう偶然。もう一生会うことはないと思っていたのに。
そうして私とミゲルの恋が始まった。

始まった…そう思っていたのは私だけだったのかもしれない。
今までの恋とどこが違うのか、人に恋する気持ちはときに理由なんてつけられない。ただ私は彼のことを好きになりすぎ、彼の前に出るとただの幼い子供になってしまうのだ。
もう不自由なくしゃべれるはずの英語も、彼の前ではほとんど出てこない。
まるで中学生が、恋をした男の子の前では黙りこくってしまうように。
いろいろ言いたいこと、聞きたいことが山ほどあるのに、私は相槌を打つだけ。
どんどん自分をキライになっていった。
こんなガールフレンド、私だったらいらない。
そう思うと、彼が去ってしまうのが怖くて、いつも自分から服を脱いだ。
身体を合わせているときだけは言葉がいらなかった。そう思っていたから。
彼が窓から使い終わったコンドームを投げるたびに、私は不安に襲われた。
彼を好きだと思うたびに心が痛んだ。

ミゲルとの恋はもちろん続かなかった。
初めから、終わりをただ息をひそめて待っているだけの恋だったのだ。
ただあまりにも好きすぎて、彼と会えないことで胸を痛めすぎて、私は知った。
悲しくて泣けないこともあるんだ、と。
泣いてしまえば楽なのに、カラカラに乾いてしまって涙を出すことができない。
だから私はサンフランシスコの端にある、誰もいないビーチへ一人で向かった。
感傷に思い切り浸るべきだと思って。
ミゲルとよくブランケットを敷いてゴロゴロくっついていたビーチなら、泣けるだろうと思ったのだ。無理やり搾り出した涙では、傷は少しも癒されなかったけれど。

その後、しばらく痛みを引き摺り、新しい恋に夢中になり、傷は顔を見せなくなった。友達はときどきダウンタウンで彼を見かけると報告してくれる。
狭いサンフランシスコの街中では知り合いに遭遇することは珍しくないのだ。
ミゲルと出会ったあのとき、それをドラマのような出会いだと思いこんでいた。
笑ってしまうけど。
私自身がその後ミゲルと偶然再会したのは、サンフランシスコを離れる数日前だった。

会ったらきっとまた言葉が出ないだろうと思っていたけれど、一年ぶりに会う彼を前にして私は精一杯笑顔でしゃべり続けた。
あの頃惨めだった自分の面影を、少しでも払拭したくて。
彼は一緒にいた友人に私を紹介する。
「She's my ex-girlfriend.」
彼女は昔つきあってた子。
恋をしていたのは私だけだったのかもしれないけど「つきあってた」、その言葉が嬉しかった。きっと嬉しかったのは、やはりまだどこかでミゲルに恋をしていたからかもしれない。

他の誰でもなく彼にだけ、そんなにまで恋焦がれていた理由は今でも見つけられない。けれどきっと、どこか心にはツボがあって、彼がそこへすっぽりとハマッてしまい、取れなかった。自分の意思では動かせなかった。
今でも思い出すと胸が痛む恋。
きっと誰でも一つはそんな恋があって、胸が痛むうちは、まだ恋は続いているのかもしれない。


 
【プロフィール】
安藤ゆり(あんどうゆり)ライター。
恋マガジン編集アシスタント、育児関連のエッセイ執筆などを経て、1月より
育児雑誌の編集の仕事を始める。
   
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